柚子についていろいろ調べていると、ふとオレンジやレモンとの違いが気になった。
まず、数々の西洋絵画に描かれてきたオレンジやレモンに対して、柚子の描かれた絵を探すと意外と見つからない。奈良時代にはすでに日本に入っていてきていたと言われる柚子は、平安時代には「薬用あるいは果汁を食酢として」料理に使用されており、松尾芭蕉の「柚の花や むかししのばん 料理の間」や、夏目漱石の「いたつきも 久しくなりぬ 柚は黄に」など俳句に読まれてもいる。
当時から、あくまで薬用、健康、食用との関連としてみられる傾向が強く、あげく私たちは冬には湯に入れて一年の健康を祈りながらそれに浸かる。
これに対してとくにヨーロッパでは、オレンジやレモンは特に「異国的なニュアンス」と豊饒性を持った果物と受け取られ、「神が人間に惜しみなく与える恩寵の象徴」として、明るくエネルギッシュでみずみずしいフルーツとして捉えられているようだ。ボッティチェリのヴィーナスの誕生に描かれているのは金色に塗られたオレンジの木であり、また反対に映画「ゴッドファーザー」では、暴力や死の象徴として描かれていたりもする。冬場にオレンジを食べることは(クリスマスツリーにオレンジを飾ったりもした)、富裕層の特権であった。(ゴッドファーザーでもオレンジはクリスマスの食べ物として描かれる)
なんとなく理由はわからないけれど、柚子のことを個人的には和風な柑橘だなと感じている。その香りの特徴であるわずかな若草やハーブの香りが、緑茶や山菜、い草の香りに通じるものがあるように思う。それが海外では今、オリエンタルとも違う(柑橘類はアジア原産のものが多いため、もともとオリエンタルなフルーツとして受け入れられている)アジアから持ち込まれた香りとして感じられているのだろうか。
柚子は香酸柑橘類に分類され、香りや酸味が強いため果汁を絞ってそのままジュースにはできない。果実一つあたりに含まれる種子も多いため、果汁のしたたる果肉を太陽の下で頬張ることもできず、皮を刻んで料理の香りづけに使ったりすることが多かった。しかし最近では、特に菓子などで柚子(果皮を干したりパウダー状にしたものなど)をメイン食材としてふんだんに使用したものも見られるようになった。先日食べた柚子ケーキは、一口食べるとまるで柚子果汁のシャワーを全身に浴びているかのような感覚を味わうほどの爽やかさだった。
レモンやオレンジ、そして柚子の持つ爽やかさやみずみずしさは、旬ではないとはいえ夏にぴったりだ。アントニオ・タブッキの『供述によるとペレイラは』という小説の中で、主人公は夏の暑い盛りにカフェで香草入りオムレツを食べながら冷えたレモネードを飲む。
そういうイメージはまだ柚子にはないが、例えばマティーニの仕上げにグラスの縁よりも低いところから皮を折るようにして飛ばし入れるレモンの精油を、今年の冬至には柚子でやってみても面白いかもしれない。
参考図書
ピエール・ラスロー『柑橘類の文化史』一灯社
音井格『新特産シリーズ ユズ 栽培から加工・売り方まで』農文協
沢村正義『ユズの香りー柚子は日本が世界に誇れる柑橘ー』フレグランスジャーナル社
三輪正幸『NHK趣味の園芸12ヶ月栽培ナビ6 かんきつ類』NHK出版
アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは』白水社