ずっとわさびでいいのに

海外でも国内でも、スーパーに行けばわさび味のスナックを何種類も見つけることができます。大抵はその刺激を楽しむことを目的としているため、口に入れて数秒もすれば鼻腔をつんざく刺激を味わうことができます。

 

わさびは世界で最も有名な日本原産の野菜ではありますが、意外と海外ではただの刺激物だと思われているような気がしているので(個人の感想)、今回はそんなわさびについて調べてみました。

 

ひとまず広辞苑を紐解いてみると、「アブラナ科の多年草。日本固有の植物」と書かれています。その他の資料をみても、共通するのはわさびがアブラナ科の多年草であることと、日本の山間部渓流に自生していること。

 

確かにわさびの栽培風景といえば、テレビなどでよく見るのは山奥に切り開かれたわさび田をさらさらと流れる、さぞかし水温も低く気持ち良さそうな(サウナー脳)清流が印象に残っています。

 

そもそもわさびの栽培地自体が深山幽谷にあるようなイメージだったので、おそらく水の綺麗な小川にわさびの苗を植えておけば勝手に育つんだろうなぁと悠長に考えていましたが、全く違いました。

 

そもそもわさびを栽培するためのワサビ田に使える水は澄み切っていることと同時に水温が年間通して13度くらいである必要があるため(私がよくいくサウナの水風呂は16度くらい)、不純物が多く水温変化の激しい地表を流れる小川の水は使えない。

 

そのため地中を通る水脈が湧き出る地層まで山をざくざくと掘り、ワサビ田全体を水がひたひたと流れるように水路を整え(水流に対して斜めに畝を配置する)、水が滞らないように排水路も整え、壁面から土砂がワサビ田に流れ込まないよう石垣で壁を築かなくてはいけない。

 

整備だけで相当大変。

 

そうすることでやっとワサビは水から吸収した栄養ですくすく成長してくれるようになります。

 

だから当然そのへんの川に植えてもかわいそうなわさび苗は育たないどころかあっという間に腐ってしまいます。

わさびはかくも大変にデリケートな植物なのですねぇ。

 

七味唐辛子のところでも触れたように、唐辛子のヒーハー成分(カプサイシン)はそもそも自分たちが動物に食べられないようにするために唐辛子の中で生成される成分でしたが、わさびのツーン成分(アリルイソチオシアネート)は、わさび個体の周囲に他の植物を寄せ付けないためにわさび自身が土の中に放出する成分らしい。

そのおかげでわさび自身は周囲の植物に栄養を取られることもない代わりに、自分自身もその成分に影響を受けて大きく成長することができません。

 

もはやデリケートすぎてなんともかわいそうな話だけれど、そんなわさびから発生するアリルイソチオシアネートもわさび田で栽培することにより清流で洗い流すことができるため(つくづく合理的にできているなと思う)、野生のわさびよりも大きく成長させることができるようになるそう。

 

唐辛子にしてもわさびにしても本来は外敵を寄せ付けないための武器として「辛さ」を発達させてきたのにそれを人間は「オイシイ、オイシイ…」と食べているわけで、彼らからすれば「ニンゲン、オカシイ…」と思っているのかもしれない。

 

そんなわさびを美味しくいただくにはやっぱりわさび丼。でしょう?

ということで長野でいただいたわさび丼は、お釜で炊いた炊きたてのご飯に薬味としてネギ、刻んだ海苔、鰹節が添えられていて(ベーシックが嬉しい)、お盆の真ん中に鎮座ましまする本わさびが瑞々しい。

 

わさびの辛味成分は揮発性の油なので、すりおろしてものの5分で香りも辛さも弱まっていってしまいます。だからすりたてわさびをほかほかのご飯にのせると、その熱でわさびの辛味成分はより香り高く立ち昇るため、わさびの風味を余すところなく楽しめます。

 

実はわさび農園でいただくわさび丼を食べるのは初めてだったため、もしかしたら鼻をつんざくような辛味とともに悶え苦しむことになるかもしれない…と一人どきどきしながらいただきましたが、不安とは裏腹にすりおろし本わさびのわさびはそのまま食べても鼻にツーンと来ることはありませんでした。びっくり。

家に帰ってきて作ったわさび丼。わさびは擦りたて。

確かにわさび味スナックのように、または海外で食べる寿司のように、時には束の間の突き刺すような刺激をわいわい楽しむのもいいけれど、個人的にはわさびに単純な刺激を求めるのではなく、口に入れた途端に舌の上でコロコロと爽やかで涼しい鈴の音のような刺激を奏でてくれるのを楽しむのも悪くないなと思います。

 

わさびの辛味成分は基本的にマスタードと同じです。ですがわさびの辛味成分にはグリーンノート(青草のような香り成分)が含まれるため、食べると極めて日本的な香りに包まれます。

 

蒸し暑い夏の日に涼しい畳の上にゆったりと座り、マインドフルネスをしているかのように心をリラックスさせることができます。

 

日本ではよくステーキにわさびをつけて食べます。わさびの爽やかさが肉の脂っこさを洗い、さっぱりと味わうことができるようになるためです。

マスタードやミントゼリー、チリソースもいいですが、ジャパニーズハーブであるわさびでいつもとは違うオリエンタルなステーキを味わってみてはいかがでしょうか。

参考文献

『安曇野のわさび ー発達過程と現状、将来を語るー』 平成6年2月 長野統計協会発行

『わさびの日本史』 山根京子 文一総合出版