さるかに合戦のおむすびに海苔は巻かれているか?

食べ物に関するエッセイをよく読む。開高健は昔から大好きで個人的には作家というより釣りと食のエッセイストだと思って読んでいるけれど、今回テーマに海苔を選んで、図書館で調べ始めて気が付いたのは、日本人のエッセイには海苔がテーマのものが意外と多いという事実。食をテーマにしている本には大抵1話は海苔についての話が出てくるのではないかと思われるほどで、そのあたり、かりんとうとは大きな違いだ。

どうしてそんなにみんな海苔について書きたくなってしまうのでしょうか。例えばある作家さんは海苔の話から家族の思い出話を始め、あるエッセイストは海苔に関する普段思っていることを、海苔を丸かじりしながらあーでもないこーでもないと書き連ねている。

冷静に考えてみると、食卓に置かれた海苔は異様だ。限りなく黒に近い緑色のシートは、それ以外の食べ物の放つ”食べ物感”と比べるとちょっと不安にさせられる。目玉焼きに2枚焼き海苔が添えられていると、その部分だけちょうどミヒャエル・エンデの『果てしない物語』に出てくる虚無かな?と思えなくもない(虚無がわからない方はぜひ『果てしない物語』をご一読ください)。海苔について考えれば考えるほどその見た目の不思議さと存在感が怖くなってくる。

しかしその見た目のインパクトに反して、海苔は米との相性がいいことが、日本で(中国や韓国でも)海苔が愛される理由なのではないかと思う。『おべんとうの時間(4)』を読むと、本の中で紹介されているおべんとう39個のうち、10個に海苔が入っている。この本には、色々な職業の方のお弁当の写真と、お弁当や仕事についてのインタビューが書かれていてとても面白い。本の中で紹介される海苔はおにぎりに巻かれていたり、敷き詰められたお米にぺたりと乗せられていたりと形はそれぞれだ。たぶん今回はお弁当に海苔が入っていなかった他の人も別の日のお弁当には海苔が入っているはずだから、弁当に海苔が入っている確率は100%だ。

日本では海苔の販売が始まったのは平安時代だそうで、当時は佃煮のように加工したものが売られていたが、高級品であったため購入できたのは貴族のみであったそう。それ以外には海岸で岩についた海苔を乾燥させたりして食べていたけれど、江戸時代になって今の東京湾にて養殖が始まり、また当時の浅草和紙の作り方を応用して海苔を漉いたところ、板海苔ができたとのこと。ということは、昔話でおなじみの「おむすびころりん」は室町時代に御伽草子の中で成立したとされているので、おじいさんがうっかり穴へ落としてしまったおむすびには海苔は巻かれていないはず。ちょっと気になったのでYoutubeでまんが日本昔ばなしを確認したところ、確かにおむすびに海苔は巻かれていませんでした。まんが日本昔ばなしの時代考証力おそるべし。ちなみにさるかに合戦のおむすびにも海苔は巻かれていませんでした。

江戸時代、名前からもわかるように東京湾で養殖されていた浅草海苔はのちに東京湾埋め立てのため養殖場が移築されることになり、地形や気候が似ているということで現在の熊本県有明湾に移されたそう。話だけ聞くとそんな理由で随分とダイナミックな移転をしたものだと思ってしまうけれど、熊本は玉名の駅を出て少し小高い山の上から菊池平野を見ると、雄大な景色の中に広大な水田地帯から有明湾まで見渡すことができ、阿蘇山から広がる豊かな土壌が豊かな作物を育てているのだということが体感できる。この地で海苔の養殖をしようという決意も納得させられてしまう。

実は4年ほど前に熊本へ行き、海苔について勉強させていただいたことがある。生産者さんの工場へも見学に行かせていただき、海苔をかき混ぜるタンクやベルトコンベアに乗せられて工場内を乾燥させられながら移動する板海苔を見せていただいた。その時に冬場の海水温が高いと海苔の生産量が落ちるということを教えていただき、以来毎年、冬の気温を気にするようになった。今年の冬は、ちゃんと寒くなってくれるだろうか。

参考文献

『海苔と卵と朝飯』 向田邦子 河出書房新社

『丸かじりシリーズ22 パンの耳の丸かじり』 東海林さだお 朝日新聞出版

『丸かじりシリーズ29 メロンの丸かじり』 東海林さだお 朝日新聞出版

『おべんとうの時間(4)』写真 阿部了 文 阿部直美 木楽社

『健康食コンブ・ノリ』 奥本光魚 農山漁村文化協会

『海苔という生き物』 能登谷正浩 成山堂書店 

有明海海苔の養殖場
菊池平野と筆者
晩白柚。熊本は柑橘王国でもある。